21世紀初頭、銀行による過酷な融資の貸し渋りや貸し剥がし(はがし)が社会問題化しました。実際に何が行われていたのか? 「貸し剥がし」にフォーカスしてその手法と実例を、メガバンクの最前線にいた私が書きましょう。(文中敬称略)
貸し剥がしの手法は大きく分けて2種類ある
「貸し渋り」と「貸し剥がし」・・・セットで語られることが多い言葉です。
片方の「貸し渋り」という用語は「新規の融資をしないこと」で、分かりやすいでしょう。
一方の「貸し剥がし」という用語はイメージがつかみにくいと思います。「貸し剥がし」のもっとも一般的なパターンとしては2つあります。
- 期日更新をストップ
- 極度取引の解消
貸し剥がしの手法1:期日更新をストップ
銀行融資(個人ローンを除く)の一般的な返済方法は「元金均等返済」です。
元金均等という言葉のとおり「毎月(または3ヶ月毎等)元金の返済を行い→期日には残高がゼロとなる」返済方法です。
▼元金均等返済(3ヶ月毎に4回分割返済)の例(利息支払の記載はなし)
返済年月 | 返済元金 | 借入金額 | 借入残高 |
2018年12月 | ー | 10,000,000円 | 10,000,000円 |
2019年3月 | 2,500,000円 | ー | 7,500,000円 |
2019年6月 | 2,500,000円 | ー | 5,000,000円 |
2019年9月 | 2,500,000円 | ー | 2,500,000円 |
2019年12月 | 2,500,000円 | ー | 0円 |
しかし運転資金として行う融資の中には、返済方法を「期日一括返済」(=分割返済をしない)とするケースもあります。
手形借入(=借入用の手形で融資を行う)の場合には、6ヶ月や1年毎に「手形書換」を行うことにより、何年も元金が減らないこともあります。
そのような手形(返済)期日に更新する手形貸付は「コロガシ単名手形※」とも呼ばれます。
※「単名手形」タンメイテガタ
手形上の債務者が一人である手形。振出人が単独の約束手形、および引受済自己宛為替手形が受取人(銀行)に交付されたにすぎない場合が、これにあたる。 ⇔ 複名手形
単名手形 – Weblio辞書から引用
▼コロガシ(6ヶ月の期日一括返済で、期日毎に同額で更新)の例(利息支払の記載はなし)
返済年月 | 返済元金 | 借入金額 | 借入残高 |
2018年12月 | ー | 10,000,000円 | 10,000,000円 |
2019年6月 | 10,000,000円 | 10,000,000円 | 10,000,000円 |
2019年12月 | 10,000,000円 | 10,000,000円 | 10,000,000円 |
貸し剥がしの1つの方法として、このコロガシ借入(期日一括返済条件の融資)を「次の期日には継続しない」と通告して回収するのです。
何年にもわたって返済期日に借入更新を続けているからといって安心してはいけません。
貸し剥がしの手法2:極度取引の解消
銀行は、取引先に対して一定金額(極度金額)の融資枠を決めて契約することがあります。取引先はその極度(枠)の範囲内で繰り返し借入をすることができます。
この極度取引は、多くの場合は「手形融資」や「借入専用当座貸越」の融資の形をとります。契約期間は通常1~2年で、一般的な契約書では「自動的に契約更新」となります。
銀行が「貸し剥がし」を行う場合は、契約満了の時点またはそれ以前に交渉して、極度の契約を破棄するのです。
極度を破棄された時点で残っている借入残高はどうするのか? 銀行は取引先と交渉し、数ヶ月~数年での分割返済とするか、ひどい時は一括での返済を求めます。
契約書を交わした極度取引だからといって安心してはいけません。
メイン寄せ・・・地方銀行にしわ寄せするメガバンク
メガバンクの貸し剥がしの”えげつない”スタンスが顕著に現れたのは、地方都市の営業店における「メイン寄せ」でしょう。
メガバンクが、自分たちにとって”お荷物”となる融資を、地場の金融機関に押し付ける行為です。
メガバンクと地方金融機関の区別を整理しておく
21世紀に入ってすぐの当時には「メガバンク」という言葉は存在しておらず(または一般的ではなく)、大手の銀行は「大手都市銀行」と呼ばれていました。
ただし便宜上この記事では「メガバンク」という言葉を使います。
メガバンクと地方金融機関の違いを簡潔に書くと下表のとおりです。
▼メガバンクと地方金融機関の違い
メガバンク | 東京に本部を構え、地方に支店網を張り巡らせる |
地方金融機関 | 地方都市を中心に周辺の数件のみを営業エリアとする |
地方金融機関には「地方銀行、第二地銀等」の種類はありますものの、この記事では便宜的に「地方銀行」と呼びます。
暗黙のルール「いざとなったら地元の銀行に任せて逃げろ」
メガバンクの地方都市にある支店の融資スタンスは露骨でした。
「メイン銀行になる必要はない。いざとなったら逃げられるようにしておけ」
当然ながら、こんな内容が明文化されたものはありません。ただし同様な趣旨の会話は実際に存在していました。
メガバンクの「何かあったら逃げろ」のスタンスは、地方における「貸し剥がし」を一層エグいものとしました。
私たちはエグい貸し剥がしを『メイン寄せ』と呼んでいました。
文字どおり「不良債権をその取引先のメイン行である地方銀行に寄せる」ということです。
メガバンクが行った「メイン寄せ」の実例
ある中小企業のお取引先は、5千万円の手形借入を1年毎に書き換えることを数年続けていました。
前述した、金融用語で『コロガシ単名手形』といわれる(元金の分割返済がない)形式の融資です。
これを「貸し剥がしせよ」という銀行の方針が固まりました。
ちなみに担当個人の判断で融資を謝絶することは不可です。貸し剥がしするには所定の意思決定プロセスを踏むがあります。
銀行に来店した取引先の社長と応接室で向き合い、私は融資継続が不可である旨を伝えます。お互いにたいへん辛い場面です。
「再来月末に期日が到来する手形5千万円は、残念ながら継続ができません。ご返済いただきます」
「な、なんだ突然! どういうことだ!?」
融資継続ができないという話に、寝耳に水の社長は当然気色ばんで叫びます。
私は淡々と会社の財務上や収益性の問題を指摘し、先行きの返済(銀行にとっては回収)に懸念があることを説明します。
銀行側があらかじめ周到に準備した内容を理路整然と説明するため、社長は反論ができません。
「返せたって、資金なんかないよ! どうすりゃいいんだ?」
「何とかしてくださるようお願いします」
「何言ってんだ! 我々に潰れろと言っているのか!?」
「メイン銀行は●●銀行さんでしたね? ●●銀行さんへご相談されたらいかがですか?」
「・・・!?」
これが『メイン寄せ』です。ヽ(´o`;
社長は(世間で騒がれている)銀行の貸し渋りや貸し剥がしの話を耳にしたことはあったはずです。
しかし、まさか突然に自分の身に降りかかるとは思ってもいなかったでしょう。実際に「こんな先でも貸し剥がしするのか!?」というケースも多々ありました。
金融検査マニュアルによって「破綻懸念先」という十字架を背負わされた結果です。
目の前の銀行担当者をどつきたくなる気持ちは分かる
ビジネス小説『破天荒フェニックス オンデーズ再生物語』で描かれた、OWNDAYS 再生途上での銀行と厳しい交渉。
「融資を回収したい」銀行と闘う取引先の立場、つまり「かつての私の逆の立場」になってみると、よく分かりました。
銀行側の一方的な都合で(道義的に疑問符がつく)理不尽な言動をされると、目の前の担当者も憎くて憎くて仕方がなくなります。
「中小企業をいじめて楽しいのか!? 君には血も涙もないのか!?」
「申し訳ございません・・・」
「それに何だ、君は!? ニコニコして何が楽しいんだ!?」
「いや、私はこういう顔ですから・・・」
こんなやり取りが、あちらこちらで展開されたのでした。
地方銀行に対する申し訳ない気持ちが転職にも影響した
地方に拠点を構え、もはや逃げ場のない(というより、地元の企業を責任持って支える覚悟をした)地方銀行に不良債権を押し付けるメインバンクの「メイン寄せ」。
2016年に私はメガバンクから(日系の投資銀行)R社へ転職しました。当時のR社は、地方銀行と提携して各地で地方再生ファンドを立ち上げていました。
私が転職先を決めるにあたって「地方再生」を謳う企業を選んだ背景には、地方支店でメイン寄せを行っていた際の「地方銀行に対する申し訳ない」という懺悔に近い感情もあったのです。
やり場のない怒り・・・高齢者Aさんのケース
私が、お取引先(融資先)の異変に気がつきながらも、ルール通りに機械的に処理を行い、結果として悲劇を生んだケースをご紹介しましょう。
アパートローンについて保証会社が代位弁済(=銀行に肩代わり)を行った
お歳は60に近かったと思います。アパートローンを利用されている個人事業主のAさんがいました。
事業性のアパートローンについては通常の融資のように融資担当がついて債権管理を行っていました。
Aさんのアパートローンは長期の延滞が解消されなかったため、やむなく保証会社に代位弁済(=ローンの肩代わり)の請求を行いました。
第三者介入をしようとしたものの、時すでに遅し
保証会社への代位弁済の処理日が確定したころ、Aさんは銀行に現れました。強面のスーツ姿の男性と一緒です。
スーツ姿の男性はAさんの経営する会社の「営業部長」という肩書の名刺を私に差し出し、開口一番こう言いました。
「オタクの銀行のAさんのアパートローンの件で話がしたい。返済方法についてだ」
誰がどう見ても、この男がAさんの従業員とは思えないでしょう。「介入屋」か「”自称”コンサルタント」のいずれかか?
いずれにしても第三者介入にはもう慣れっこになってしまった私は、臆することなく淡々と答えました。
「通知が届いていると思いますが、もう来週に代位弁済手続が完了し、ローン債権は保証会社に移ります」
「今オタクに話しても無駄だということですか!?」
スーツ姿の男性は、想定外だったのか、拍子抜けしたような表情に変わりました。
「はい。今後の返済については、保証会社と話をしてください」
私がそう答えると、Aさんは小さな身をさらに縮こまらせながら、ぽつりと言いました。
「そうなっちゃったら、もう死ぬしかなぃ・・・」
私は反射的に小さく叫んでいました。
「死ぬとか、そんなこと言わないで下さい!」
そして、私の心の中では・・・
(そんなに無理して抱え込む必要はありません! 個人破産して免責受けるとか、方法はいくらでもあります!)
そんな言葉が喉まで出かかりましたが、私が立場上それを言うことは許されません。
「Aさん、そんなに思い詰める必要はありません。どうしたら良いか、本屋とかに行けば、そういう本がたくさんあります。詳しい人にも相談してみたらどうですか?」
私はそう言って、ちらりと「”自称”営業部長」の男性に目を向けました。
男性は不機嫌そうに私とAさんのやり取りを聞いていました。
悲劇的な結果に・・・
しばらく後に、Aさんは亡くなりました。自ら命を絶たれたのです。
- 銀行の掟を守ることを優先して全力でAさんを救おうとしなかった自分
- クライアントの命さえ救えない似非(えせ)コンサルタントのスーツ男
- 問答無用で不良債権のオフバランス化に邁進する銀行
やり場のない怒りに私は身が震えました。
なお、銀行が第三者の介入に動じることは(余程のことがない限り)ありません。政治家が介入しても同じです。
怪しいコンサルタントに騙されないように気をつけましょう。