南沙織より森高千里「17才」MV!公式YouTubeはセルフカバーのみ?

銀行に入行した当初は毎日、最終退行時刻の22時まで仕事をしていました。しかし毎金曜日には必ず退行後に若手行員だけで飲みに行きました。 市ヶ谷駅近くの居酒屋で、背の高いラックの上に置かれた14インチのブラウン管テレビ。そこで毎週のように映る森高千里の『17才』のPVは鮮烈で強烈で、そのリズムとともに30年経って今でも当時の光景を思い出します。(文中敬称略)

平成元年(1989年)5月リリースの『17才』 PVは鮮烈だった!

カバー元の「17才」を歌ったのは南沙織(篠山紀信の嫁さん)です。1971年の紅白歌合戦にトップバッターで登場し、幼稚園児だった私もおぼろげながら覚えていました。

森高千里による新しい『17才』のPVを観たときは、印象的な衣装とコミカルな踊りもさることながら、清純派イメージの元の曲をここまで大胆にアレンジして世に送り出す創造性とパワーに衝撃を受けたのでした。

森高千里の曲『ザ・ストレス』のリリースが1989年2月。この頃はまだよく知りませんでした。

森高千里 「ザ・ストレス」
森高千里 『ザ・ストレス -ストレス 中近東バージョン-』 (PV)

そして『17才』のリリースが1989年5月。私が銀行に入って2ヶ月目のタイミングです。まさにバブリーな社会人スタートの象徴でした。

森高千里 「17才」(セルフカヴァー)
森高千里 『17才』 【セルフカヴァー】

公式サイトに『17才』は、セルフカヴァー版しかありません。バブル当時のオリジナルのPVを公式で観られないのが残念です。

森高千里 脚に1億円の保険!?のうわさの真相

当時は「森高千里の脚に1億円の保険が掛けられている」と評判になっていました。恐らく保険による話題性づくりの先駆けでしょう。

あの美脚なので、私もつい最近まで信じていましたが、「自分が司会の番組で本人が噂を否定した」という記事があります。

・・・12日放送のフジテレビ系「Love music」(金曜、午後11・30)にゲスト出演。司会の森高千里(46)に、かつて美脚に1億円の保険がかかっていたとの説の真偽を直球質問した。
・・・中略・・・「全然、話変わりますけど、当時、森高さんの脚に1億円の保険かかってたのは自分…」と質問。これに森高は笑いながら「全然、そんなのかかってないです。ウソです、ウソです」と否定。
ウワサの出所を聞かれると森高は「たぶん、そういうふうにしてた人も中にはいたみたいで、私がミニスカートはいてたから、かけてるみたいなウワサが出て。私、全然、そんなの」と返した。・・・

Daily – 2016.2.13より引用

お宅キャラでブレイクした「宅八郎」が、森高千里のフィギュア人形を持ち歩いていたのも有名。

私が就活した数年前に「選考解禁日。東京海上火災保険の会社訪問の列にバルタン星人のぬいぐるみを着た学生が現れた。」と写真入りの記事が新聞に載ったのを覚えています。その学生が宅八郎だっという事実も最近知りました。

・・・大学時代は「漫画研究会」に所属していた。就職活動を背広姿にバルタン星人の着ぐるみをかぶって行ってマスコミの注目を集め、報道で取り上げられたこともあるという。
・・・中略・・・雑誌だけでなく森高千里のフィギュアとマジックハンドに紙袋を持つという姿で・・・中略・・・テレビ番組をはじめとする各種媒体に出演し、お茶の間に宅自身とそれが演じる”オタク”に対する強烈な印象を与えた・・・

 宅八郎 – Wikipedia より引用

ご存知かと思いますが、森高千里は(トレンディードラマ常連だった)江口洋介と結婚しました。

ハナキン(花の金曜日)!!

前述のとおり、毎週金曜日は飲みに繰り出し夜通し遊んでいました。お決まりのコースは市ヶ谷→麹町の日テレ近くのパブ→新宿

疲れると新宿のオールナイトの映画館で始発電車を待ちました。

みんなでディスコに繰り出すという雰囲気ではありませんでしたね。

みんながみんな、ディスコや”ねるとんパーティー”みたいなやつに好んで行くわけでもなかったのです。

バブルだったけど。

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