金融機関を監督する「金融庁検査局」の解体と「金融検査マニュアル」の廃止が、2017年にニュース報道されました。銀行の融資スタンスが変化する転機となるであろう大改革と、過去の金融庁検査で経験した実録を書きます。(文中敬称略)
金融庁改革~銀行の融資に大きな変革の波が来る
『金融検査マニュアル』が廃止となる!
昨年2017年に流れた重要なニュースにどれほどの人が関心を持ったでしょうか? 今後の銀行の融資スタンスを大きく左右する、つまり銀行借入に依存した会社経営を行っている人にとっては無視できない大変化が起こります。
金融庁は15日、金融機関に対する検査・監督の新たな基本方針を発表し、厳格な資産査定や法令の順守状況の形式的な確認に偏った旧来型の検査手法と決別するため、金融検査マニュアルを2018年度終了後をめどに廃止することを盛り込んだ。
ロイター通信 2018/12/15 より引用
「2018年度終了後」は、2019年4月からということですね。金融庁ホームページから概要のPDF▼
金融検査・監督の考え方と進め方 (検査・監督基本方針) (案) 平成 29 年 12 月 金融庁
出典:金融庁ウェブサイト_報道発表資料_2017/12/15
一般人にとって影響が大きいポイントはこれでしょう。
チェックリスト形式の「検査マニュアル」は平成30年度終了後(平成31年4月1日以降)を目途に廃止する。(資産分類・償却・引当についての形式的な基準を定めた「検査マニュアル別表」についても、担保・保証への過度な依存等を生むことから廃止する。)
下の抜粋は、1年前(2017/4/3)の記事(NHK『ビジネス特集』)から。
不良債権の処理と財務の改善を厳しく迫った検査には、金融機関の「貸し渋り」や「貸しはがし」を助長したという批判も高まりました。当時の状況を、金融庁の関係者は「世間の反発が強かったのは事実だが、金融機関の財務状況を正確に知るにはマニュアルが欠かせなかった。通らざるをえない道だったと思う」と振り返ります。
確かにこれは一理あるでしょう。(多くの大企業がそうですが)隠蔽体質が蔓延している銀行にメスをいれるためには、ガチガチのマニュアルで縛り上げるのが有効な手段となりました。
しかし貸し渋り・貸しはがしの『副作用』が金融庁の想定以上に大きく、かつコントロールできなかったため、中小企業を中心に酷く厳しい時期が続いたことも事実です。
金融検査マニュアルは、もはや“古文書”のようなもので、もっと早く見直すべきだった。
記事では、元金融庁長官のこんなコメントを載せて痛烈に批判しています。
『金融庁検査』がなくなる!
上のリンクのダイヤモンドONLINE 2018/1/4 の記事では、『(銀行を追い詰めた敵役である)金融検査局』の解体をレポートしています。
そこで、平成不況退治の使命を背負って銀行の元へ立ち入り検査に入ったのが、検査局の検査官だった。BS上の「貸出金」について資産査定を行い、不良債権をあぶり出して処理を迫る。かつての銀行にとって、そんな検査官たちは恐怖の対象でしかなかった。
貸し渋り・貸しはがしの全盛期、銀行にとって金融庁検査とは『とてつもないプレッシャー』となっていました。
銀行全体としてみれば監督省庁で、その営業可否まで含めて首根っこを押さえられているのはもちろん、金融検査局が不良債権の有無についてどう判定するかによって決算にも大きく影響してくる・・・絶対に袖にすることのできない存在でした。
本部の企画セクションは当然のことながら、営業現場にとっても『金融庁検査』にかかるその作業負担や精神的負担は相当に大きなものでした。
『金融庁検査』が行われることによって営業現場がどのような状態になるのか、当時の状況を記録してみましょう。
実録:これが金融庁検査だ!
金融庁検査は数年(2~3年)毎に入ってきました。数ヶ月前に『●月●日~●月●日まで検査に入る』という通知が届きます。そして
- 自己査定期間
- 査定説明期間
- 臨店検査期間
の各日程が定められます。
資産査定作業
当時は現在のように、半期毎または四半期毎というタイミングでは自己査定(=銀行が自ら貸出の債務者区分を判定する作業)を行っていませんでした。金融庁検査が入る都度、一定金額以上の不良債権全てについて個別に詳細な資料を作成しました。
■融資取引先の財務データについて詳細を詰め、勘定明細を個別データを入手し、場合によっては根掘り葉掘りヒアリングをする。総合評価として取引先としての『債務者区分』を判定します。
■貸出一件毎に、スタートから現在に至るまでの経緯や使途を調べ、チャート図を作成し、債権を『分類』します。
『債務者区分』と『債権分類』の概念は下のPDFのとおりです。
出典:金融庁ウェブサイト http://www.fsa.go.jp/news/newsj/14/sonota/f-20020722-1c/391.pdf
中規模の営業店で、多い担当者で数十社の資料作成~自己査定を行います。自己査定の内容については、支店長が自ら金融庁検査官に説明を行うため、支店長が全てを理解し説明できるような資料が要求されます。
銀行の営業店の退行時限は22時と厳しく定められていましたが、金融庁検査の準備期間は、労働協定で特殊扱いとされました。日中は通常の業務を行いながらの自己査定作業は過酷を極め、支店長が納得するまで資料をブラッシュアップします。
営業店でありながら、ほぼ1ヶ月間、休日なしで連日2時過ぎまで店内で資料作りを余儀なくされた時期もありました。
資産査定説明の概要
金融庁検査のメインイベントは『査定説明』です。
本部で金融庁検査官に対して1社ずつ説明し、質疑応答を行うのです。その場で債務者区分を落とされる場合もあります。
説明するのは支店長一人。サポートとして一人だけ隣に座ることができます。通常は融資課長がその役目となりますが、私はなぜか課長代理のときにも陪席を命じられて一緒に説明を行いました。
説明用に作成した資料はダンボール箱に詰めて本部へ送ります。中規模の営業店でも数十箱のボリュームとなります。大型店舗や本店営業部といった膨大な資料が必要な拠点は百箱を超えるダンボール箱を持ち込んでおり、検査会場の近くのスペースには壁一面ダンボール箱が積まれていて壮観でした。
説明会場は、大きなホールにデスクが数十並んでいるときもあれば、比較的小さい部屋にデスクが3つ4つ並んでいるときもありました。基本は検査官が1名と銀行側が2名が向かいあって座ります。
そして、リストを元に質疑応答が行われます。金融検査官の口調は基本的に丁寧です。しかし頭の回転の良さは確実に伝わってきます。財務データや資料をざっと見ながらら、ビシバシと鋭い質問や指摘を行ってきます。
”切れ者の”金融庁検査官との攻防
一つの取引先に対して、短い時は数十分、長い時には数時間かけて議論を行います。
それでも結論が出ない場合(多くは、検査官が『債務者区分をダウン』を要求するのに対して、銀行側が『納得できない』と抵抗するケース)は、『ペンディング』となり、翌日に再度議論するか、本部預かりとなります。
私が立ち会っていて揉めた一つのケース。事業を縮小してほぼ収入がない会社がありました。
ただしグループ企業から資金を回すことが出来るため、延滞なく返済が履行されていました。この取引先を銀行側は「破綻懸念先」としていました。
検査官は状況を聞くと、
「これは、もう事業実態がないから実破(ジッパ=実質破綻先)ですね」
「えっ? でも、一度も延滞なんかしていませんよ」
「延滞が無くても、こういう状況では実破とするべきです」
「いやいや。金融検査マニュアルの定義だと●●●●●っとなっていますよね?」
検査官は、付箋だらけのマニュアルを取り出し、パラパラをページをめくり、
「いや、マニュアルのここの▲▲▲▲のルールを援用するべきです」
「それは、拡大解釈じゃないですか!?」
こんな感じの堂々巡りを繰り返し、当日はペンディングになり、最終的には「実質破綻先」となりました。
説明当日、営業店では
説明先が少ない営業店であれば1日で終了しますが、全部の説明を終えるのに数日かける店舗もあります。
支店長による説明の当日は営業店では全員が緊張状態で待機です。追加で必要な資料を要求されるとすぐに動いて入手または作成する必要があるからです。
夜の21時とか22時あたりに「査定説明終了」の連絡が入り、ようやくホッとできるのでした。