知る人ぞ知る「高野虎市」は、喜劇王チャールズ・チャップリンの信頼を得た日本人秘書でした。高野がチャップリンのもとを去る要因となったのは女優ポーレッド・ゴダードの高野に対する激しい嫉妬でした。いまだ人気の衰えないチャップリンの日本人に関わるエピソードをご紹介。(文中敬称略)
踊るポーレット・ゴダード
前回の フレッド・アステアがオーケストラをダンスで指揮する凄い映画シーン で紹介した映画「コーラス・ライン」。フレッド・アステアとペアを組んでダンスを踊るのは、ポーレット・ゴダード(Paulette Goddard)です。
ポーレット・ゴダードは、あの喜劇王チャールズ・チャップリンの3番目の妻(籍は入れておらず事実婚という説もある)で、チャップリンの映画「モダン・タイムス」にもヒロインとして出演していました。
そもそもポーレッド・ゴダードは踊る女優ではありません。最後の方はもう棒立ち状態でタップのステップも怪しい感じがしますが、フレッド・アステアのリードを受けて何とか最後まで踊りきります。
納得がいくまで厳しいリハーサルを繰り返すことで有名なフレッド・アステアですので、相当に特訓を受けたものと思われます。
Second Chorus 1940 (1080p HD) (Audio Remastered)
チャップリンの日本人秘書「高野虎市」
1936年にチャップリンとのハネムーン世界周遊の途中で日本にも立ち寄ったポーレッド・ゴダードですが、実はゴダードには、ある日本人との因縁がありました。
「遺産相続」を遺言されるまでの信頼関係
広島の富豪出身で1900年にアメリカへ渡った「高野(こうの)虎市」は、1916年にチャップリンから運転手として雇われます。
チャップリンから厚い信頼を得た高野虎市は、やがて「秘書」となります。そして高野の仕事ぶりをいたく気に入ったチャップリンは使用人を全て日本人にしてしまうほどになりました。
その数は最も多いときで17人を数えた。当時の妻リタ・グレイが「日本人のなかで暮らしているようだった」と回想するのも無理はない。
「チャップリンの影」大野裕之著/講談社 ISBN978-4-06-339759-8 133P より引用
そしてチャップリンは「財産の一部を高野へ」と準備した遺言書にまで書くようになるのです。
ポーレッド・ゴダードとの確執
ポートレッド・ゴダードは、そんな高野虎市に対し猛烈な嫉妬をします。
「チャップリンに恋をしている若い娘としては、自分よりも明らかにチャップリンのことを知っていて、お互いに信頼しあっている二人の関係を見るのが嫌だった。しかも高野はチャップリンの遺産相続人の一人でもあった。その事実も、ポーレットの嫉妬を増幅させた。
「チャップリンの影」大野裕之著/講談社 ISBN978-4-06-339759-8 205P より引用
またポーレッド・ゴダードは贅沢好きでした。チャップリンの質素倹約ぶりをよく知る高野は、ポーレッド・ゴダードの無駄遣いを咎めるようチャップリンに進言するものの、チャップリンは惚れた女に何も言えない状況。
そしてついに、ポーレッド・ゴダードが購入してデパートから配送されてきた毛皮が配送されてきたとき、高野は支払いを拒否してポーレッド・ゴダードの無駄遣いを叱ります。
ポーレッド・ゴダードは激しく怒り、チャップリンも「お前はクビだ」と言いました。
チャップリンの高野に対する「お前はクビだ」という発言はもう口ぐせとなっており、本心でないことはチャップリンも高野もお互いに認識していたものでした。
しかし今回ばかりは、腹に据えかねた高野は本当に家を出て戻りませんでした。
通説の訂正解釈
通説では「高野がポーレッド・ゴダードの無駄遣いを注意したところ、逆にチャップリンの怒りを買って解雇された」となっていますが、前述の大野裕之氏の研究本ではこれを否定しています。
- 高野が日本に帰国する前日までチャップリン撮影所の一員として契約され給料が支払われた
- 莫大な退職金が支給され、映画配給会社の日本支社長のポストが用意された
- 実際に「解雇」された人物の例をみると、即座にチャップリンから三行半を突きつけられた記録が残っている
- チャップリン家に残る記録では、高野の辞任申し出をチャップリンは「冗談だと思った」と言っている
よって「チャップリンは高野を解雇したものではない」と結論づけています。
またポーレッド・ゴダードが日本人嫌いというの通説についても、実際には高野が去った後も日本人の使用人が働き続け、高野の後任となる秘書も日系二世であったことから、「日本人に対する特別な嫌悪はなく、ポーレッド・ゴダードと高野の二人の個人的な問題である」と結論づけています。