サミー・デイビス・ジュニア”珠玉のタップダンス”を動画でたっぷりと

投稿日:2018年11月 19日(月) 更新日:

脱いだタップシューズ

@jsemforest/Depositphotos.com

日本ではテレビCMの印象が強すぎる”サミー・デイビス・ジュニア”は、単なる風変わりなオジサンではありません。圧巻のタップダンスの他、楽器や演技等の多才なパフォーマンスを動画で観て堪能しましょう。(文中敬称略)

多才”サミー・デイビスJr.”のパフォーマンスを動画で学ぶ

1973年の「サントリー・ホワイト・ウイスキー」のテレビCMで日本のお茶の間でもお馴染みとなった”サミー・デイビス・ジュニア”。

Suntory Whiskey Ad - Sammy Davis Jr.

 

軽快なリズムを口ずさみながらウイスキーをグラスに注ぐ、そのコミカルな姿は目に焼き付いていながらも「実際にどれほどのスーパースターだったのか?」実は知らない人も多いと思います。

そこで ”サミー・デイビスJr.” 入門編として、ダンス・パフォーマンスの動画を中心に紹介してみましょう。

強烈な印象を残したこのテレビCMは、世界3大広告賞の”カンヌ・ライオンズ”でグランプリを受賞しました。

その権威ある広告賞については、当ブログの記事 サミー・デイビス・ジュニア「サントリーCM」広告賞グランプリ詳細 に書きましたのでご参照ください。

 

ヴォードヴィル・ショー一家に生まれ育ったサミー・デイビスJr.

サミー・デイビス・ジュニアは、1925年12月8日にニューヨークのハーレム地区でヴォードヴィル※一家のもとに生まれました。(※ヴォードヴィル=米国においては舞台での踊り、歌、手品、漫才などのショー・ビジネスを言う)。

ニューヨーク州のハーレム地区でボードヴィル・ショー巡業を生業とする一家に生まれました。、アフリカ系アメリカ人の父とプエルトリコ系ユダヤ人[要出典]の母の間に生まれた。 幼少の頃から音楽や楽器、ダンスのレッスンを受け、3歳のときに初舞台に立つ。巡業でアメリカ中を転々としていたため、通信教育で高校卒業資格を取得する。

サミー・デイビスJr. Wikipedia より引用

サミー・デイビス・ジュニアの父親は、アフリカ系アメリカ人で、サミー・デイビス・シニア(Sammy Davis, Sr. )です。写真があります。

 

数種類の楽器を演奏するサミー・デイビス・ジュニアの動画(公式Youtube)

サミー・デイビスJr. が幼少時から音楽の手ほどきを受けていたことは、下の動画を見るとよく分かります。歌に始まり、トロンボーン、シロフォン、ドラムと次々に演奏していきます。

Perdido - Sammy Davis Jr.

 

タップダンスの名手であるサミー・デイビスJr.

歌や楽器もさることながら、サミー・デイビス・ジュニアのトレードマークとも言えるのは、軽快なタップダンスでしょう。

映画"Sweet and Low”のダンスシーン(1947年)

サミー・デイビス・ジュニアが映画に出演する初期の頃。端役として三人組でアクロバティックなダンスを披露します。当時の流行りなのでしょうか、ニコラスブラザーズをも彷彿させるダンスです。

ニコラスブラザーズをについては、当ブログの記事 タップの歴史に輝く「ニコラスブラザーズ」ストリートダンスにも影響 をぜひお読みください。

 
Boogie Woogie Piggie - Sammy Davis Jr.

 

タップダンスのソロ演技(1962年)

ソロで踊る圧巻のタップダンス。イタリア公演ツアーの1シーン。

Sammy Davis Jr. Tap Dancing - Italy 1962

 

"The Andy Williams Show"(TVショー)アンディ・ウィリアムス(Andy Williams)と共演(1962年)

アンディ・ウィリアムスとの掛け合いでコミカルなダンスを披露しています。

Breezin' Along with the Breeze - Sammy Davis Jr. & Andy Williams

 

”The Hollywood Palace”(TVショー)ベイビー・ローレンス(Baby Laurence)と共演(1967年)

タップの名手ベイビー・ローレンスとの共演。両者とも軽やかしなやかで魅せてくれます。ベイビー・ローレンスについては ”TAP DANCE HALL OF FAME” (英語サイト)をご参照ください。

Sammy Davis Jr. & Baby Laurence Tap Dance

 

"The Hollywood Palace"(TVショー) ダイアナ・ロス(Diana Ross)と共演(1969年)

”映画史上最高のダンシング・ペア”とされる、1930年代の「アステア&ロジャース映画」へのトリビュート。

ダイアナ・ロスがジンジャー・ロジャースジンジャー・ロジャースーWikipedia)に、サミー・デイビス・ジュニアがフレッド・アステアに扮して、往年の名曲を歌い踊ります。

Fred Astaire & Ginger Rogers Medley - Sammy Davis Jr. & Diana Ross

 

▼アステア&ロジャースのダンスのオリジナルを見たい方はこちらの記事をどうぞ

◆”ダンスの神様”「フレッド・アステア」が踊る動画を高画質で観たい ◆アステア&ロジャース映画「スイング・タイム」はジェローム・カーン

 

シナトラ一家(ラット・パック)に参加~人種差別の壁を超えて

1950年代、サミー・デイビス・ジュニアは、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)が結成したグループ”ラット・パック(The Rat Pack)”に参加します。

当時は公民権運動(=アメリカの黒人が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆運動)が盛り上がった頃でまだ黒人への差別も一般的に行われていた時期。アフリカ系アメリカ人のサミーのラット・パックへの加入は相当な波紋を呼んだそうです。

しかしサミー・デイビス・ジュニアはその性格と才能あふれるパフォーマンスで批判も黙らせて、スターダムにのし上がっていきました。

ちなみに、フランク・シナトラもイタリア系移民の子であり、人種差別を受ける側の立場を理解する素地はあったのです。

ラット・パック(The Rat Pack)=シナトラ一家

ラット・パック(The Rat Pack)結成時のメンバーは次の3人です。

  • フランク・シナトラ(Frank Sinatra)・・・イタリア系
  • ディーン・マーティン(Dean Martin)・・・イタリア系
  • サミー・デイビスJr.(Sammy Davis Jr.)・・・アフリカ系
The Very Best Of The Rat Pack

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The Very Best Of The Rat Pack

 

俳優としても活躍したサミー・デイビスJr.

シナトラ一家(The Rap Pack)として、サミー・デイビス・ジュニアは映画にも主要な役柄を持った映画に出演するようになります。

Ocean's Eleven (1960)

犯罪コメディの映画『Ocean's Eleven(オーシャンと十一人の仲間 )』は、後にジョージ・クルーニー他の出演でリメイクされた『オーシャンズ11』のオリジナル作品です。

Ocean's Eleven (1960)
 
 

Robin and the 7 Hoods (1964)

ミュージカル仕立てのギャング映画『七人の愚連隊』

Robin and the 7 Hoods (1964)
 
 

映画の中でサミー・デイビスJr.が披露するダンスシーン。フレッド・アステアのコミカルなダンスを彷彿させる楽しいパフォーマンスです。

Bang! Bang! - Sammy Davis Jr.

 

最後の映画出演は『Tap』(1989年)

サミー・デイヴィスJr. が喉頭がんで亡くなった前年に公開された映画「TAP」。主演はグレゴリー・ハインズ(Gregory Hines)。サミー・デイビスJr.は渋い役柄で出演しています。

Tap (1989)
 
 

サミー・デイビス・ジュニアの遺作となった映画がタップダンスをテーマにした作品だったことは、サミーらしいとも言えます。合掌。

 
 

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