スチュワーデス”誕生”物語~看護婦エレン・チャーチと日本のエアガール

投稿日:2018年8月 8日(水) 更新日:

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@tawesit@gmail.com/Depositphotos.com

飛行機に初めて女性の客室乗務員が誕生したのは1931年。パイロットへの夢を絶たれた看護婦「エレン・チャーチ」の熱いプレゼンによって実現しました。翌年に日本で「エアガール」が登場。現代のサービススタイルの元祖となったのです。(文中敬称略)

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エレン・チャーチ(Ellen Church)が道を切り開き、1930年に世界初の女性の客室乗務員が誕生した

1930年より前の時代の航空産業は男性中心の世界で、客室乗務員もすべてスチュワード(男性乗務員)でありました。

パイロットになることを断念したエレン・チャーチは看護婦の必要性をアピールして初のスチュワーデスとなる

(アメリカ)アイオワ州出身のエレン・チャーチ(Ellen Church)は大学で看護を学んで看護婦となっていました。エレン・チャーチは、飛行機に魅せられて操縦を学び、パイロットを目指します。

しかしどの航空会社も女性のパイロットは採用してくれません。すると飛行機に乗る夢を捨てきれないエレン・チャーチは、「看護婦は機内の乗客の役に立つ」ということを熱心にアピールし、 ボーイング・エア・トランスポート(ユナイテッド航空の前身)から客室乗務員として採用されます。

 

 

最初のスチュワーデスは8名=オリジナル・エイト

エレン・チャーチは主任として同僚の看護婦7名ともに採用されました。この8名を「オリジナル・エイト」と呼ばれます。

チャーチは、客室の女性乗務員という存在が、飛行機に乗ることは安全であるという周知につながると信じていた。 同僚の看護士7人とその主任として採用され、1930年5月15日にサンフランシスコ~シャイアン便でボーイング80Aに初搭乗した。後年この8人は「オリジナル・エイト」と呼ばれた。

Wikipediaーエレン・チャーチ より引用

オリジナル・エイト!!

 


 
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1931年、日本で「エアガール」が誕生した3月5日=スチュワーデスの日

3月5日は「スチュワーデスの日」と言われています。

1931年(昭和6年)3月5日、東京航空輸送(=太平洋戦争前にあった日本の民間航空会社)が、2月5日に実施した日本初の「エアガール」採用試験の結果を発表したことからこの3月5日になったのです。応募者140名に対し合格者は3名の狭き門であったとのこと。

 

1931年といえば、前述したとおりエレン・チャーチが世界初のスチュワーデスとなった1931年の翌年です。アメリカで起きた動きに影響を受けたことは明らかです。

ただしアメリカのスチュワーデスは看護師資格が必須となっていたのに対し、日本の「エアガール」は客室内のサービスを重視した仕事でした。つまり現在の客室乗務員の業務のスタイルは日本から始まったとも言えるのです。

さらに詳しい内容は、今日は何の日?徒然日記「日本初は世界初?初めてのスチュワーデス物語」 に書かれています。

実は、最初のスチュワーデス3名は1ヶ月で全員退職してしまったそうです(笑)

 

 

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