銀行取引約定書は「期限の利益の喪失」といった重要事項が定められた基本の契約書です。一般に馴染みがなく理解が浅いと思われるポイントを平易に解説してみました。ネット上には銀行実務を知らない人が書いた誤った記事も存在するのでご注意を。(文中敬称略)
銀行取引約定書は融資取引の基本契約
「銀行取引約定書」(以下「銀取(ぎんとり)」ともいう)は、銀行が融資取引を開始するときに使う基本の契約書です。
法人・個人を問わず、新規に融資取引を行うお取引先は、原則※すべて「銀取」約定を交わします。
(※預金担保付き融資や、1回限りの融資で金銭消費貸借契約証書を締結する場合には「銀取」を省略する例外もあります)
銀行取引約定書のひな型は2000年に廃止
過去においては、銀取の文言は全国銀行協会によって「ひな型」が定められていました。
ひな型があったため、どの銀行の銀取の内容も変わりはなかったのです。
そして、下に引用した全国銀行協会の会長記者会見にあるように、2000年(平成12年)に銀取のひな形は廃止されました。
銀行取引約定書ひな型は昭和37年に制定し、これまで融資取引に関する基本約定書の参考例として、銀行取引契約の合理化・明確化等の点において大きな役割を果たしてきたが、金融自由化の進展や自己責任原則に基づく創意工夫の要請等、近年の銀行界を取り巻く環境の変化、および「ひな型」に対する公正取引委員会からの指摘等を踏まえ、その取り扱いについて検討した結果、今般、ひな型を廃止することとしたものである。
全国銀行協会 会長記者会見 平成12年4月18日 より引用
ひな型の廃止以降は、文面や構成が異なる銀取も出てきました。
しかし基本的には、従前のひな形に則った内容で作成されているケースが多いです。
銀行取引約定書の第5条が重要ポイント
銀行融資の基本契約である「銀行取引約定書(銀取)」の条文の中でも、借入する側が知っておくべき重要なポイントは「期限の利益の喪失」についての内容です。
「期限の利益の喪失」に関する具体的な内容は、銀取のひな型では「第5条」に書かれています。
このため「銀取5条」と言えば「期限の利益の喪失に関すること」と解釈する銀行員も多くいます。
期限の利益を喪失=貸し手は「今すぐ全額返してくれよ!」と請求できる
”期限の利益”という用語・・・一般の方は「聞いたこともない!」し、全く意味が分かりませんよね。
一般に馴染みのない概念にも関わらず、融資取引を始める金融機関の担当者で、銀取の条文を示しながらキチンと意味を説明する人など皆無に近いのでは? と感じます。
「ダメだよ-それじゃあーヽ(´o`;」
と自省も込めて銀行(広くは貸し手側全般)に説明を徹底させるための方策を期待します。
極力かんたんに説明しましょう。
期限の利益とは借入している人の権利です。
どういう権利かと言うと、
「契約で決めた返済方法と違うタイミングでは返済を行う必要がない」
逆の貸し手側(=例えば銀行)の立場で言うと
「貸し手側は、勝手なタイミングで『カネ返せ!』と請求できない」
ということです。
”期限の利益を喪失する(=失う)”ということは、
「契約の返済期日と関係なく、貸し手側が『カネをすぐに全部返せ!』と請求できる」
そんな(借り手側としては不利な)状態に変わるということです。
期限の利益の喪失事由「2種類」の違いを理解すべし
銀行取引約定書(銀取)第5条で定める、期限の利益を喪失する(させる)方法しては大きく2種類に分かれます。
- 当然喪失
- 請求喪失
1.当然喪失事由
「当然喪失」は、ある出来事が起きたら、問答無用で”即時に”期限の利益を失います。
借入人が「倒産状態」に陥ったとき等で、例えば次の事態。
- 廃業、夜逃げ等
- 破産や民事再生といった法的整理
- 手形交換所の銀行取引停止処分
2.請求喪失事由
「請求喪失」は、ある出来事が起きて、銀行から請求された場合に利益を失います。
(逆に言うと、銀行から”請求”されない限り「期限の利益」は持ち続けている)
借入人が「倒産状態」に至る前の状態です。
- 延滞した場合
- 預金に差押さえや仮差押えがあったとき
- その他銀行の保全に影響する重大な出来事があった場合
銀行取引約定書の具体例:北洋銀行の開示
「銀行取引約定書」の全文と解説をウェブサイトに公開している銀行がありました。
リンク先のPDFでは7ページ目(資料のナンバリングでは5ページ目)に「期限の利益の喪失」の項目があります。
契約書の条文とは別に、たいへん分かりやすく解説が加えられています。
第5条の目的
第5条は、お客様のお借入について、返済期限の前であっても直ちにお借入の全額をお支払いいただかなければならない場合について定めた条項です。
銀行取引約定書のご案内 – 北洋銀行 より引用
期限の利益の喪失とは?
お客様のお借入には返済期限が定められています。この期限によってお客様は期限が到来するまでは返済義務が生じないという利益が生じます。
この「期限の利益」によって、お客様は借入した資金を期限までの間、運用することができます。
したがって、本約定書に定めている「期限の利益の喪失」とは、お客様が「期限の利益」を失うことを意味します。
「期限の利益」が失われた場合は、お借入の全額を直ちにご返済いただくこととなります。
銀行取引約定書のご案内 – 北洋銀行 より引用
①「当然喪失条項」
お客様または保証人について、ある一定の条件が整えば自動的に「期限の利益」が失われることになる条件を記載しています。
銀行取引約定書のご案内 – 北洋銀行 より引用
②「請求喪失条項」
一定の条件が整い、かつ、銀行がお客様に「期限の利益の喪失」を請求することで、「期限の利益」が失われる条件を記載しています。
銀行がお客様に対して、「債務を期日までに返済できなければ期限の利益が喪失する」という内容の通知兼督促を行い、その通知期限が経過した時点で、「期限の利益」が喪失することとなります。
銀行取引約定書のご案内 – 北洋銀行 より引用
「銀行取引約定書」を契約するときには、銀行員は取引先(借入人)に対して上記の内容を説明するべきです。
恐らく、法律に明るくない取引先はすんなり理解できないでしょうから、丁寧に噛み砕いて解説しなければいけません。
逆に取引先側としては、銀行取引約定書に押印を求める銀行員に「第5条」の意味することを質問してみたら良いです。
その担当者の能力や信頼度のレベルが、ある程度は推測できます。
誤解されがちなポイント
「1回でも延滞すると銀行から資産を差し押さえされる」とか「手形や小切手を不渡りにしたら倒産」とか様々な情報をインターネット等で見聞きすることがあります。
雑多な情報の中には信ぴょう性に欠ける話や、明らかに間違っている内容もあります。
そんな中で「ちょっと違うな・・・」と感じた内容を2つ挙げてみましょう。
延滞がすぐに期限の利益の喪失となるわけではない
分割返済(複数回の返済)条件になっている場合、期間の途中で延滞した場合でも、自動的に期限の利益を失うわけではありません。
通常は1回や2回(1、2ヶ月)程度の返済遅延であれば、電話したり督促状を出したりして入金を促して様子を見ます。
取引先への複数回の督促も効果がなく、延滞が常態化した場合には、銀行は段階的に強い督促姿勢に移っていきます。
そして、銀行がもう埒が明かないと判断した場合にようやく、法的措置へとシフトするため『期限の利益喪失通知書』を送付するのです。
通常は「内容証明郵便」で行います。
延滞したからといって「自動的に期限の利益を失う=ただちに全額を一括返済を要求される」というわけではありません。
手形不渡りが即時に期限の利益の喪失とはならない
上記の『当然喪失』の条件として「手形交換所の銀取引停止処分」とあります。
この銀行取引停止処分というのは、
「1回目の不渡りから6ヶ月以内に2回目の不渡りを出したこと」
ことによって行われる処分です。
最初の不渡りは「不渡り1回目」であって、期限の利益の当然喪失事由にはあてはまりません。
通常「倒産」と言われる事態は「不渡り2回→銀行取引停止処分」のことを意味するのです。
期限の利益の喪失に関する知識の応用
銀行取引約定書とは直接関係はないものの、期限の利益に関して私が意識した事例をひとつ紹介しましょう。
銀行の社内住宅ローン制度の落とし穴
銀行には「行員向け(社内)住宅ローン」制度があり、行員は勤務する銀行から住宅購入資金の融資を一般より有利な条件で受けることができます。
「一般より有利」というのは、金利や担保設定条件が優遇されているということです。
しかし「退職時には一括返済しなければいけない」という条件があります。当然「退職後は一般の住宅ローンへ切り替えすることができる」とは書いてあります。
この条件を言葉を変えて表現すると「退職時に期限の利益を当然喪失する」ということなのです。
これ、よく考えると怖いんですよ。想像してみて下さい。
私は勤務先の住宅ローン制度を使わなかった
よって私は自宅を購入する時は、社内住宅ローンを一切使わず、全額について住宅金融公庫でローンを組みました。
おかげで40歳になる前に銀行から転職する際には、きっぱりと意思決定することができました。(゚∀゚)