バブル時代の就活「リクルーター」が銀行に無関心な私を揺り動かした

投稿日:2018年2月 11日(日) 更新日:

履歴書を書こうとするペンを持つ手

photoAC

採用難・人手不足の昨今、学生拘束が復活しているらしいです。しかしネットには又聞きの話が溢れていて信憑性が今一つです。記憶が遥か彼方に逝ってしまう前に体験談を記録しておきましょう。私が就職活動を行ったのは1988年。織田裕二主演のコメディ映画『就職戦線異状なし』が公開された1991年の3年前になります。

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金融への就職は興味なし。広告代理店が第一志望でした。

そもそも私は『宣伝会議』や『CM Now』といった専門誌を愛読するような学生で、金融や経済とは全く無縁でした。

志望企業は電通や博報堂といった大手広告代理店。

第一志望の電通では、願書の提出で本社を訪問した際、人事部による不意打ちのプレ面接が行われました。

「君はとても誠実そうだね。バルセロナオリンピックもあるし、スペイン語人材は凄く欲しいんだよね。」

(やったー!良い感触じゃないかーー!)

そして翌週以降に行われた、超高倍率の一次面接も難なくクリアしました。

しかしこれで完全に油断しました。二次面接の前夜に部活の夏合宿で深酒をしてしまい、当日の朝起きたらひどい二日酔い…

(やっちまったかも・・)

そんな不安な気持ちのまま臨んでもダメです。生気を失った表情で受けた面接となり、結果は不合格となりました。

(実は後日、前述の人事担当者から「惜しかった」との連絡もいただき、不摂生を猛省しました。)

私は業界2位の博報堂の面接に向けて気持ちを切り替えました。

就職協定による「選考解禁日」は全く気にしていませんでした。

そんなある日のこと、富士銀行の大学OB(面識なし)から自宅に電話が入り、解禁日の前日に会う約束を取り付けられました。

そして大手町の喫茶店で一つ上の学年のOB二人と面談したのです。

金融に興味のない私には志望動機も何もないので、面接というより雑談

いけると踏んだらしい二人は「もっと上のOBと会って!」と別の喫茶店へ私を連れていきました。

そして、大学リクルーターのボスみたいな人を連れてきたのです。

 

一人のリクルーターが、無垢な私の 人生を変えました。

「君さ、今ごろ何やってるの?もう採用活動なんかほとんど終わっているよ。」

就職協定はありましたが、実態は業界間のチキンレースです。

前年は金融業界が抜け駆けして水面下で選考開始。この1988年は他の業界が金融業界を出し抜き、出遅れた銀行が必死で巻き返している…その時点ではそういう状態でした。

「外国語が話せることなんて意味ないよ。通訳がいれば何とでもなるからさ。」

「銀行の業務は金融だけじゃないぜ。広告代理店みたいなビジネスだって出来るぞ。」

そのボスは、ズバズバ言ってきますが、全然嫌味がありません。広告代理店しか考えていなかった私の心を激しく搖さぶりました

「それで奥野くん、明日の解禁日はどうするの?」

「どこにも行く予定はありません。」

「じゃあさ、朝イチでウチへおいでよ!」

「はぁ・・」

すると最初に会ったOB二人も身を乗り出しながら畳み掛けてきました。

「絶対来てね!みんなで応援するからさ!!」

ここまで言われたら、予定がないのに断る理由もありません。

解禁日の当日に富士銀行を訪問することにしました。

最終的には、この3名のリクルーターの熱意と人柄が私を動かしたことになります。

 

他の銀行や商社のリクルーターは、相性が合わない

この以前にも、他の都市銀行や商社の大学OBから呼び出されて面談をしたことがあります。しかし私にとってはひどく上から目線に感じられ、印象は最悪でした。

たった一人の大学OBの印象で、その企業に対するイメージを固めてしまうのは好ましくありません。しかしそれだけこれらの業種への就職は真剣に考えていなかった訳です。

 

知らないOBに呼び出された、ある財閥系の都市銀行

「で、何でウチに興味あるの?」

「え!?いや、私は呼び出されて来ただけで…」

「何、その態度?(怒)」

この銀行は ”お高くとまっている” という評判どおりでした。

 

これもまた、知らないOBに呼び出された、ある商社では・・

「奥野くんね、南米は良いぞー! 地平線がダーッと広がっていてね、人生観が変わるんだ!!

「私は南米には行きたくないし、スペイン語を武器にしようとも思っていません。」

「何だそれは?そんな姿勢じゃどこにも受からないぞ!!」

将来に人生観が変わる話でなく、面談の場でいきなり人生観を変えるトークをした富士銀行に、結果としては軍配が上がったのです。

接客業のアルバイトで鍛えていたので、粗雑な言い方をしたわけではありません。

ズバリ本音を言う学生が珍しかったのでしょう。

この商社のOBの嫌味と説教には心底腹が立ったので、帰宅してから抗議文を書いて本人へ送りつけてしまいました。

若気の至りとはいえ、生意気な学生でしたね…申し訳ございません。

 

 
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拘束の実際例…解禁日の長時間面接と1日連れ回し

ちなみに当時の富士銀行(みずほ銀行の前身)は、就職人気企業ランキングで常にベスト10に入っており、決して不人気で応募者の集まらない企業ではありません。

また内定の大半は体育会やゼミのOBが後輩を引き込む、いわゆる「体育会枠」で、解禁日前にほとんど固まってしまいます。

しかし私は(体育会所属ながらマイナースポーツのため)一般枠での採用でした。

体育会枠と比較すると内定の時期が遅い・・ということを念頭に置いて続きをお読みください。

バブル時代の就活「内定者拘束の実際」富士銀行(みずほ銀行の前身) へ続く

 
 

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