バブル時代の就活「内定者拘束の実際」富士銀行(みずほ銀行の前身)

投稿日:2018年2月 12日(月) 更新日:

横浜港クルージングの波しぶき

photoAC

(バブル時代の就活「リクルーター」が銀行に無関心な私を揺り動かした の続き)

バブル時代の就活時、あまり関心がなかった都市銀行でしたが、前日に呼び出され話をしたリクルーターの方々の人柄に惹かれ、面接解禁日の朝に富士銀行(現在みずほ銀行)を訪問することになりました。

解禁日の朝、富士銀行(みずほ銀行の前身)を訪問した

リクルーターの熱意と人柄に導かれた私。大手町の本部に着いた時には、すでにスーツ姿の学生の長い行列が出来ていました。

ビルの中に進むと、広いスペース(講堂か食堂)いっぱいにテーブルが並べられて、オープンな状態で面接が行われていました。

私は最も端にあるテーブルに案内されました。そこはトイレやエレベーターホールに向かう開口部に面しており、人の出入りもあって落ち着かない場所でした。

さて、面接がスタートしました。

スタートしましたが。。。終わりません。

 

エンドレス面接??

面接官が何度も何度も入れ替わります。

「どうしても銀行に入りたい!」という気持ちもなかったので、もし「志望動機は?」とか聞かれたら困惑したことでしょう。

しかし、きちんと引継ぎされているのか、その種の質問は一切ありませんでした。

主に自分のクラブ活動やアルバイト経験を語るだけですが、皆さんニコニコしながら話を聞いてくれました。

面接官が入れ替わるしばらくの間は、ぼっと一人で席に座っていました。

広い会場では各テーブルで面接が続いています。

実は、私は途中で気が付いていました。他の学生はほとんど皆が、1回の面接で席を立って帰っていることに…

(自分は言われるがまま、朝からここにいるけど、初日に何社も回るのが普通なのかな?…まあどうせ、自分は他に回る予定もないし、明日は本命の博報堂の面接があるから、面接の練習と思えばいいや。)

そんなことを考えながら、次々と立ち去り行く学生達を眺めていました。

途中、昨日会った2人のリクルーターが、私のテーブルに来てくれました。

「奥野くん、頑張ってね!すごく良い感触なんで 。」

何を何のために頑張るのかよくわかりませんでしたが、私は励ましを受けました。

 

トイレも一人では行かせてくれない!?

5、6人目の面接に入ると、さすがに小便が我慢できなくなってきました

空腹は我慢できても、こればっかりは限界があります。

「ト…トイレに行かせて下さい。。」

「おっ?おう。気が付かなくて申し訳ない。一緒に行こうか。」

まさか私が逃げ出すと思った訳ではないでしょうが、面接官にトイレへ案内され、更には私の隣に立って連れションと相成りました

(もしかして…面接官の入れ替わり、リクルーターのフォロー、それにトイレの利用まで想定して、こんな端っこのテーブルに案内されたのかな? これって最初から軟禁状態にしようとしていた!?)

ようやくリクルーターが面接終了を告げに来たのは、もう夕方になろうとする頃でした。。

「奥野くん、お疲れさまでした。今日はこれで終了です! 」

「ようやく。。同じことを喋り続けてもう口の筋肉がおかしくなってます…」

「ハハハ。途中で一緒にトイレに行った人がいたでしょ?人事部なんだけど、奥野くんのことをとても気に入っていたよ。ところで明日の予定は?」

「明日は午後から博報堂さんの一次面接があります。」

「そうか・・じゃあ、明日の朝にもう一度来てよ。今日はこれから他社を見て回っても良いからさ。」

(こんな時間から訪問できる会社なんかないじゃないか。それに自分が博報堂しか頭にないことを知っているくせに・・)

そんなことを思いながら私が躊躇していると

「必ず来てよね! 奥野くんを信じてるから!」

そう言われてしまうと中々断りきれない私の性格をよく見抜いていたようで、その殺し文句に、私はつい応じてしまいました。

「わかりました。朝からお邪魔すれば午後の面接に間に合うと思いますので伺います。」

そして運命の日を迎えたのです。

 

「今ここでお断りしなさい。」

長時間面接が行われた解禁日の翌日の朝、私は富士銀行の本部のさほど広くない一室に通されました。

普段の執務室なのか、採用のための特別室だったのか定かではありません。

その場でいきなり「採用内定」を告げられました。

「ところで、今日のこれからの予定は?」

「午後から博報堂さんの面接があります。」

「電話して面接をキャンセルしなさい。」

指を差された先の、部屋の隅には電話機が置かれていました。

「えっ、今ですか?」

「そう。今ここでお断りしなさい。」

「・・・」

突然すぎる想定外の展開に、私は頭を抱えました。

電話機の反対側の隅では、リクルーターの方々が固唾を呑んで見守っています。

(はめられたか!?)

当時はそこまで考えが及びませんでした。

しかし後で冷静に考えると、長時間面接の直後に「他社も回っていいよ」と言ったのは、私を油断させようとした可能性もあります。

このようなシチュエーションで指示を拒むのは大変な勇気が必要です。

(この内定を白紙に戻して、チャレンジする博報堂がもしダメだったら・・)

(銀行は、これまで関心が無かっただけで、悪い選択ではないはず・・)

色んな思いが頭を駆け巡りました。しかし決断しなければなりません。

「分かりました。電話します。」

私は手帳を取り出し、博報堂へ電話して面接のキャンセルを告げました。

部屋の中の全員がじっと聞き耳を立てているのが感じ取れました。

受話器をおいて「キャンセルしました」と告げる私に、リクルーターは満面の笑みを浮かべて言いました。

「良かった!それでは早速だけど、明日の朝に横浜へ来てくれるかな?

「横浜ですか?承知しました。」

私が嘘をつかない学生だと見ていたのでしょうか、その日はそのまま解放されました。

 

横浜で1日連れ回された

内定がでた翌日に私は1日「拘束」をうけました。

船に乗る

翌朝、集合場所の横浜駅へ行ったところ、リクルーターの2人はスーツ姿でした。

そして私と同じく内定が出たばかりだという学生2人を紹介されました。

どうやら自分の大学では私を含めたこの3人が(体育会枠ではない)一般枠採用のようでした。

(ちなみに入行した総合職の大学同期は11人なので、実に7割近くが「体育会枠+帰国子女枠」採用で、私たちよりもっと前に内定が出ていたことになります。)

「よし。じゃあまずは、船に乗ろう!」

リクルーターはそう言うと、港の方向へ歩き始めました。

(船で離島に連れて行かれるのかーー!?)

一瞬ギョッとしましたが、乗せられたのは横浜港クルージングのシーバスでした。

当時は携帯電話もメールもない時代。他社と連絡をとる手段は公衆電話しかありません。

船の上であればトイレに行くついでにこっそり電話するのも不可能です。なるほど良く考えられていました。

船上でネクタイを風になびかせ手持ち無沙汰そうに遠くを見つめるリクルーターに、私は尋ねました。

「先輩たち、仕事は大丈夫なんですか?」

リクルーターの2人は顔を見合わせると、笑いながら答えました。

「これが俺たちの仕事だからさー。」

入行した後に知ったことですが、リクルーターは辞令を受けて業務として採用活動を行っていました。

ちなみに「君たちを拘束するからね」とか「私たちは拘束されてる?」みたいな『拘束』という言葉は一度も使われませんでした。

私たちの場合は、会社側も学生側も暗黙の了解で「拘束する/拘束される」状態にあったと言えます。

 

ゴルフをする

シーバスを下船すると、横浜の街をぶらぶらと歩きながら、丘の上の方にあるゴルフの打ちっぱなし練習場へ連れていかれました。

「ゴルフなんか、やったことないですよ!」

「大丈夫、大丈夫。見よう見まねで振ってみればいいさ。」

簡単にクラブの握り方や構え方は教えてもらえました。

しかし、全くのど素人がそう簡単に打てるわけありません。たまに球に当たって前に飛ぶと拍手喝采です。

後半はリクルーターの方々が黙々と練習している・・そんな感じになりました。

 

食事をする ~ 解放される

ゴルフ練習場を後にして中華街へ戻ってきたのは、もうお昼を過ぎた遅い時間でした。

そして5人は中華料理店へ入りました。けっこうお高いお店のようでした。

「予算はあるから、気にしないでどんどん食べて!」

そして私たちは、まじめな仕事の話や他愛もない話もしながら、お腹いっぱいご馳走をいただきました。

中華料理の食事の後もしばらくぶらぶらとした後、私たちは日が暮れ落ちる前の夕方には解放されました

その後はこのような形で呼び出されることもなく、数ヶ月後の内定者全体の懇親会を迎えることになりました。

この私の拘束期間から考えると、解禁日から数日間が採用の山場だったのでしょう。

 

リクルーター制度の裏側はよく知りません。

最初に私を呼び出した大学OBのように、1年目の新入社員が活動の中心となります。

しかし実は、私はリクルーターを経験せずに終わりました

1年目の夏前から同期たちが次々と、辞令を受けて学生の「刈り取り」最前線へ送り込まれる中で、「奥野くん、君は女子学生の採用を手伝ってもらうから、営業店で待機しておいて。」と言われました。

そして、今か今かと待っていましたが、結局出番はありませんでした。笑

 

恨んでる?

読み方によっては、富士銀行が私の志望を巧みに変化させて強引に取り込んだようにも捉えられるかもしれません。

しかし、全て私が選んだ道です。恨みはもちろん、後悔なんかもありません。

 
 

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