銀行員の時に担当した年配のお客様。開運を呼ぶ「赤富士」の絵画を愛し続け、貯金1億円を達成。ホノルルマラソンを完走するなど順風満帆に見えました。しかし突然に襲った事件と悲劇的な結末・・・人生の不条理を感じざるを得ません。(文中敬称略)
富士山の絵画と赤富士のご利益
富士山の絵で有名な「片岡球子」画伯の画集を目にして、ふと、過去の悲しい事件を思い出しました。
片岡球子の描く富士山の多くは「赤富士」です。
開運ご利益があると言われる赤富士
赤富士は、富士山が朝日に照らされて赤く染まる現象で、年に数回しか見ることができません。
めったに見ることができないため、赤富士の絵画を「開運のご利益(ごりやく)のあるお守り」として、お祝いの贈答に利用するケースもあります。
ちなみに、かつての富士銀行(みずほ銀行の前身)では大事な取引先に赤富士の絵画を贈る慣習がありました。
富士銀行のカレンダーは富士山の絵画
富士銀行が年末近くにお配りするA2サイズの1枚ものカレンダーも、毎年必ず富士山の絵を使っていました。
写真で見る「富士銀行の120年」(富士銀行/非売品)より引用
開運を呼ぶ「赤富士」の絵を採用することが多かったのは言うまでもありません。
カレンダーをコレクションしていた先生
私が銀行員だった時に担当していた、ある個人のお客様(Aさん)の話をしましょう。
Aさんは50~60歳くらいの独身女性で、学校の先生でした。
貯金が1億円となりお祝いした
ある日、稼いだお金をコツコツ貯めていたAさんから「ようやく1億円貯まったの。これで老後も安心だわ!」と報告があり、私はご自宅に招かれました。
お邪魔したAさんのお家は古く、質素な生活をされていたことが一目で分かりました。
壁には富士銀行のカレンダーが貼られていました。
お祝いはパネルカレンダー?
「奥野さん、1億円になったお祝いにおねだりしていい? 来年のカレンダーはパネルに入れたやつをちょうだい」
聞くと、Aさんは富士銀行の「富士山カレンダー」を毎年とても楽しみにしていたそうです。
そして銀行が(特別なお取引先企業に対して)パネル入りの1枚ものカレンダーを配っていた事実を、Aさんはご存知だったのです。
さっそく私は、ポスターフレームに入ったカレンダーをAさん宅へお持ちしました。片岡球子の筆による赤富士の絵です。
「今年は(片岡)球子さんなのね。ステキ!!」
と、大喜びしたAさんの笑顔が忘れられません。
余生は悠々自適な生活?
目標の1億円貯金を達成したAさんは、以前にも増して生き生きと仕事や趣味に取り組まれていました。
年明けの年賀状には「今年もホノルルマラソンに出場して完走しました!」というコメントが書かれていました。
これから数十年? お金や健康の心配もなく、悠々自適な生活を送られるのだろうなーと、ちょっぴり羨ましくも感じました。
1億円を貯めた直後に突然亡くなった
ところが数ヶ月後、Aさんはクモ膜下出血で突然亡くなりました。
年賀状のマラソン完走の報告が、Aさんの最後のメッセージとなりました。
身寄りのない方だったため、有志の教え子たちによって葬儀が行われました。
赤富士の開運ご利益はあったのか?
身寄りのなかったAさん。コツコツ貯めた1億円については、相続人もおらず、最終的に国庫に納められてしまったそうです。
果たして、Aさんが愛した赤富士のご利益はあったのでしょうか?
1億円の貯金を作る目標を成し遂げることができた点で、金運にはご利益があったのでしょう。
健康にも問題なく、めでたく開運を実現したかに見えました。
しかし、
「好事魔多し」