アウトソーシングがまだ進んでいなかったバブル時代。銀行の新人の基本業務の一つが大口先の集金。ペーパードライバーだった私は運転テストに失格となり、結果として融資スペシャリストの道を歩み始めたのです。(文中敬称略)
銀行で最初の配属先はDNP村に隣接していた市ヶ谷支店
富士銀行(みずほ銀行の前身)で私の最初の配属先は市ヶ谷支店でした。
外堀通りに面したその場所は、坂を上れば通称DNP村へと向かう交差点の近く。一歩入れば、右も左もDNPすなわち大日本印刷の巨大工場と関連施設ばかりとなります。
このため印刷・出版関係の歴史ある会社もこの周辺に数多く集まっていました。
”市ヶ谷DNP村”
バブル期の当時はまだ集金も主要な業務の一つだった
DNP村と同様に広大な敷地を占めるのは自衛隊市ヶ谷駐屯地。1970年に三島由紀夫が自決したあの場所です。その他にも学校法人や病院関係等、多くの人数が所属する取引先が少なくありませんでした。
そのため当時の銀行の営業店では集金も主要な業務の一つとなっていました。(その後はアウトソーシング化が進みました)
購買局(売店)があって多量の現金を扱う大口取引先の中には、1日2回(朝夕)集金に通う先もありました。
集金対象は、紙幣だけでなく大量な硬貨もあります。硬貨は通称「マグロ」と呼ばれる大きな袋にギッシリ詰めて、引きずるように運んで車に積み込みます。
「今日はマグロが5本あった!」
という会話がされるほどの量になるため、集金には自動車の利用が必須です。自転車やバイクでは到底無理でした。
ペーパードライバーの私が集金に行かなければならない!?
大口の集金は、預金係で数ヶ月OJTを受けて慣れてきた頃の新入行員の担当になります。ある日、私は課長に呼ばれました。
「奥野くん、車の運転は大丈夫か?」
「ペーパードライバーで、自信がありません」
実は私は、4年間全く運転をしていませんでした。大学1年の夏に合宿免許で教習を受けて以来です。
困った顔をした課長は、庶務行員のNさんを呼び出して言いました。
「Nさん、ちょっと奥野くんの運転を見てやってくれるかな?」
「はい。承知しました」
銀行の支店には一般行員と別に、一般銀行業務以外の諸々の店舗事務を司る「庶務行員」さんがいます。支店長車の運転手を兼ねることもあります。
市ヶ谷支店の庶務行員Nさんの前職は、何と「自動車教習所の教官」!! まさにうってつけのお役目でした。
いざドライビングテストへ!
そして私はNさんと路上運転に出ることになりました。まるで自動車教習所の卒業検定のような雰囲気です。
「じゃあ、スタートしましょうか」
「はい! (ゴゴッ!!) あっ!!」
クラッチを戻すタイミングが合わず、いきなりエンストしました。当時の自動車は、当然ながらマニュアル車です。
Nさんが笑っています。出発前なのでまだ余裕の表情です。
私は気を取り直して慎重にクラッチをつなぐと、そろそろと昼下がりの外堀通りに出ていきました。
広い道路ならば免許合宿先の山形の田舎道で慣れています。スピードも怖くありません。
(これは大丈夫じゃないかな ♬)
と楽観ムードにもなってきました。
悪夢の東京の狭い路地の教習!?
神楽坂下を抜けて飯田橋にさしかかるころ、助手席の庶務行員Nさんが言いました。
「そこ、左に曲がって!ちょっと狭い道へ入りましょう」
「はい!・・・ うぉっ!?」
路地に入ってすぐに私はうめき声を漏らしました。
両脇には路上駐車の自転車の波!!
さらには、人も自転車もウジャウジャと私の車の前を行き交っています。
それでもNさんは、さすが教官で慣れているのでしょうか、涼しい顔をしています。
「奥野さん。自転車、自転車!」
「は、はい!」
Nさんは時々、私に注意を促してくれます。
「左、駐輪車ね・・あっ、あっ!!」
「ひぇ~! こすりました?こすりました?」
「いや、ギリギリだったねー」
私が運転する車は何とか無傷で支店にたどり着きました。しかし、もし卒業検定だったらアウトだったでしょう。
運転テスト失格→融資担当者の道へ
営業店に戻ってから、Nさんが課長へ報告しました。
「奥野さんの運転、ありゃダメだねぇ。集金は無理だと思いますよ」
その報告のおかげで? 私の集金業務は免除されたのです。
当時の銀行では主要な取引先に対しては二人担当制をとっていました。
- 外回り中心の渉外担当者
- 内勤が中心の融資担当者
ただ車の運転の問題だけではなく、適正判断の理由もあったでしょう。とにかく私は内勤中心の融資担当者となったのです。
私のその後の融資中心のキャリアはここからスタートしました。
スーパーカブにまたがり「車を買うぞーー!」
内勤中心とはいえ、時には外訪して交渉や手続きを行う場面もあります。近場であれば徒歩や自転車でOKですが、少し遠出する場合もあります。
そこで用意されたのは・・・
スーパーカブ!
正直言って嫌でしたヽ(´o`;
バイクは不格好なヘルメットを被らなければいけないし、雨でも降ろうものならスーツが台無しです。
マルイのカードの分割払いでやっとこさ買うことのできたDCブランドのスーツなのに・・
(車の運転はもともと下手なわけじゃない。練習して今年中に上達してやる!)
心にそう誓いました。スーパーカブにまたがり、思いっきり加速しながら、
「今年中に車を買うぞー!絶対に!!」
と、外堀通りで夕陽に向かって叫ぶ私がいました。
ああ、バブリー・・
後日談
実際にこの年にクルマを買ったのか否か!? は 高速道路「日産スカイラインR32型」180kmでパトカーを追い越したら を読むと分かりますヽ(^。^)ノ
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