ドラマも凌駕「半沢直樹なんかガキだよ」富士銀行赤坂支店事件を知る

投稿日:2018年2月 20日(火) 更新日:

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「戦後最大の金融スキャンダル」と呼ばれた「富士銀行赤坂支店事件」。私が「入行した店舗」と「銀行員生活の最後を過ごした店舗」の2つともが、この大事件の舞台となった店舗でした。(文中敬称略)

事件の舞台:富士銀行赤坂支店とは?

手元にある一冊の本。『富士銀行の犯罪』という物騒なタイトル。1992年(平成4年)に出版されました。

 
富士銀行の犯罪
―なぜ、大蔵省は「富士銀行」の史上最悪の金融犯罪を見抜けなかったのか?

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巨額不正融資事件「富士銀行赤坂支店事件」が起きたバブル時代当時の「富士銀行赤坂支店」は、現在の「みずほ銀行赤坂支店」です。

2002年のみずほ統合では一時「みずほ銀行赤坂見附支店」となりました。

やがて2006年にTBS付近の「赤坂支店」(旧第一勧業銀行赤坂支店)を統合して、新「赤坂支店」となり、現在に至っています。

その場所は、有名な赤坂一ツ木通りの入り口付近。

東へ歩けば「政治の中心地」永田町。南へ歩けば、高級料亭街にクラブ街。更に進むとTBSテレビ

・・・ロケーションだけでもバブリーな香りが漂ってくるようです。

 

この事件が起きていた当時、1989年4月に富士銀行へ入行した私の配属先は市ヶ谷支店でした。

入行して半年が経った頃、市ヶ谷支店の新支店長として、本部の業務企画部からHさんがやってきました

Hさんが辿ってきたルートは次のとおりです。

  • 赤坂支店 渉外課長
  • 1986年 業務企画部 次長
  • 1989年 市ヶ谷支店 支店長

H支店長は仕事ができるだけなく、お人柄も良く、人心掌握術にたけていました。私のことを目にかけて下さったという理由だけではなく、今でも尊敬しています。

 

事件の主犯N課長「半沢直樹なんてガキだよ」

赤坂支店でのHさんの業務を引継いだ後任課長が(事件の主犯である)N氏でした

ルポルタージュ『富士銀行の犯罪』には、Hさんが赤坂支店からダイレクトに市ヶ谷支店へ栄転したかの如き描写があります。これは明らかに誤りです。

理由は定かではありませんが、この事件の概要の記述がネット上から消えつつあります(Wikipediaとか)。

まだ存在しているうちに下記のサイトから全文引用しておきます。

富士銀行の赤坂支店で幹部行員が、銀行の信用を背景に取引先に架空の預金証書を発行、それを担保に都内の不動産業者ら27社7個人が、15のノンバンク(預金を受け入れないで融資をしている会社)から総額約7000億円もの巨額を不正に引き出した詐欺事件。5月中旬、ノンバンクからの問い合わせで発覚した。

赤坂支店のN元渉外課長(38)は、1987年からコンピュータに架空預金額を打ち込んで預金証書を作り、このあと入金ミスとしてこの記録を抹消。

預金証書は廃棄せず、偽造の質権設定承諾書(預金を担保にするのを銀行が認める書類)と共にノンバンクに持ち込み、融資を引き出す。

そのカネは同支店に開設した取引先口座に一旦預金。1週間以内に解約するなどして融資金を騙し取るという手口。

これらの資金は、おもに地上げや不動産投資に流れており、大手銀行の地価高騰元凶説が裏付けられた。

この不正融資は、地上げへの批判から融資が締めつけられた結果考え出された方法と言われている。

警視庁は知能犯を担当する捜査2課が、ロッキード事件以来15年ぶりという異例の特別捜査本部を設置、91年9月12日、元課長と取引業者ら4人を逮捕。

元課長は融資の見返りに取引先から約2億円のリベートを受けていた。

橋本蔵相の秘書がこの事件で無担保融資に介入したり、暴力団に融資金が流れるなど関係者の裾野は広がるばかりで金の流れも複雑。

全体像がつかめないが、金に群がる政界、官界をも巻き込んだ複雑な構図が見え隠れしている。

同行は他の4支店でも不正融資が発覚しており、このような不正を銀行の上部が知らぬはずはなく、銀行の収益至上主義が犯行に走らせたとも言える。

この富士銀行は2002年以降、第一勧業銀行、日本興業銀行と合併し、みずほ銀行に。丸紅とともに芙蓉グループの中核を担う。

月刊基礎知識:不正事件で注目を集めた企業をめぐる用語集 から引用

 

N氏は1991年に詐欺容疑で逮捕され懲役刑を受けました。出所後の様子が2014年の週刊文春に掲載されました。

「半沢直樹なんてガキだよ」富士銀行不正融資主犯課長は魚の行商人 | 特集

・・・(中略)・・・こう語るのは、1991年に発覚した富士銀行の巨額不正融資事件の中心人物、後藤誠(仮名)本人である。

・・・(中略)・・・結局、後藤は91年に詐欺などの容疑で逮捕される。93年、東京地裁で懲役12年の判決を受け、千葉刑務所へ収監された。

・・・(中略)・・・後藤に電話で現在の暮らしぶりを訊ねると、冒頭のような答えが返ってきた。さらに話を聞くと、みずほからは、債務の督促もなかったという。

「だって暴れたもん、本店に行ってさ。それ以上はもうないっしょ。(債務の詳細に触れることが)一番怖いところだもん、銀行も」

銀行員が不正融資の回収に奔走する姿などを描いたドラマ『半沢直樹』(TBS系)も観たという。その感想は――。

「ガキだよね、ガキ、ガキ。内部なんかあんなものじゃない。もっとレベルも違うよ。銀行というのは恐ろしいということよ」

半沢の上司による不正融資は5億円。たしかに後藤の事件はケタ違いだった。

週刊文春 2014年1月2日・9日新年特大号 から引用

 

「市ヶ谷」始発 → 「赤坂」終着

実は、私の銀行生活の最後の配属店が、この赤坂支店です。

2005年1月に融資課長として赤坂支店(当時赤坂見附支店)に着任しました。

赤坂支店事件の捜査のために設置された(ロッキード事件以来15年ぶりという)異例の特別捜査本部は、私が着任する前の年にようやく解散したそうです。

実に14年間も捜査を継続していたことになります。実際、私が着任した当時もまだ、赤坂支店の中には事件の爪痕が生々しく残っていました。

 

スナックのママさんって凄い

余談ですが、赤坂一ツ木通り沿いに、市ヶ谷支店長のHさんによく連れていかれたスナックがあります。

そこは赤坂支店の行員のたまり場になっていて、件のN氏とも何度か遭遇しました。

そこのママさんは、Hさんのつながりで市ヶ谷支店へも時々お越しになりました。

赤坂支店の課長に赴任してしばらくしてから、15年ぶりにそのスナックに行ったときのことです。

おしぼりを持って挨拶に来たママさんに、

「ママさん、私ね。15年前に市ヶ谷支店にいました。」

と伝えたところ、ママさんは私の顔を見るなり

「あぁっ! Fさんの後輩くんね!?あらあら頭(髪の毛)どうしちゃったの?」

と思い出されたのは驚きました。すごい記憶力ですね。

 
 

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