手塚治虫ほか漫画家をカンヅメにした「マンガ史跡」旧講談社第一別館

投稿日:2018年5月 23日(水) 更新日:

洋館の応接

photoAC

「歴史的な価値の高い建築物は極力保存したい。刻んだ歴史が醸し出す雰囲気は大きな価値。一度失えばその再現は困難」そんなことをマンガ史跡とも言える(旧)講談社第一別館の中で、学生時代にアルバイトをして肌で感じました。(文中敬称略)

「マンガの史跡」でアルバイトして実感したこと

日本のマンガの歴史を語るうえで最も有名な建物は「トキワ荘」でしょう。

池袋の隣り駅「椎名町」から徒歩10分強の位置にあったそのアパートは、手塚治虫をはじめとして藤子不二雄、石森章太郎や赤塚不二夫等、そうそうたる漫画家たちが住んでいたアパートです。

講談社の本館の裏手にあった「講談社第一別館」もまた、多くの漫画家が寝起きし作品を生み出した場所として「史跡」とも呼ぶべき貴重な建物でした。

 

マンガ家の「カンズメ館」

今は建て替えられてビルに生まれ変わっていますが、旧第一別館は歴史ある洋館(地上2階地下1階のスパニッシュ様式)でした。

1937年(昭和11年) 旧三井財閥の三井高陽たかはる男爵が別邸として建設
  戦後は一時GHQ(連合国軍総司令部)が接収
1948年(昭和28年) 講談社が譲り受ける

・屋根は赤いスペイン瓦
・絨毯敷きの階段の上にステンドグラスの窓
・玄関脇に大理石の暖炉がある大きな応接間
・一階の中央を走る廊下の東側にはロココ調の食堂、和室、洋室など
・二階にもロココ調の洋室や英国風の書斎等
・全体の部屋数は30室近くあった

 

「カンヅメ」とは=原稿の締め切りが迫った作家や漫画家の先生に、旅館などの一室に籠もってもらって執筆に専念してもらうこと。

講談社はこの第一別館を「カンヅメの館」として使っていました。

講談社の社史によると、ここでカンヅメになった作家は

・高見順
・安岡章太郎
・小島信夫
・花田清輝
・埴谷雄高 など

昭和30年以降はマンガ家もよく利用し、とくに手塚治虫がこの第一別館の常連だったとのこと。

・高橋真琴
・石森章太郎(石ノ森章太郎)
・赤塚不二夫
・水野英子
・ちばてつや
・桑田次郎(桑田二郎)などなど

 
 

「家庭医学大事典」のコンテンツを制作する部屋があった

私が大学4年生になる直前のことでした。短大を卒業する競技ダンス部の後輩から「講談社のアルバイト」を引継ぎました。アルバイトの主な仕事は、講談社「現代家庭医学大事典」を制作する現場でのコピーとりです。

現場では4,5名のフリーライターの方がたくさんの資料を参考にしながら、文章や図表を作ってコンテンツを作成していました。その作業場が「講談社第一別館」にありました。

朝はまず講談社本館に立ち寄って、鍵ボックスから第一別館(洋館)の鍵をピックアップします。

そして首都高速の高架の下をくぐって第一別館へ行きます。本館と別館を結ぶ裏道があるため、正門からは入りません。

下のGoogleマップ上の「講談社第一別館」は建て替えられた現在のビルです。旧館はもう少し大通りからは奥まった場所にありました。参考に手元にあった1998年の地図を載せておきます。

 
講談社周辺地図1998年

出典:スーパーマップル 詳細首都圏道路地図/昭文社 1998年1月1版 No.168

 

(講談社本館から近い)裏にある第二玄関の鍵を開け、靴を脱いでスリッパに履き替えます。

廊下は、古いだけの旅館にありがちな安っぽいミシミシ感はありません。スリッパが滑らず突っかからず、スパスパ気持ちよく脚が進む・・・そんなイメージ。

玄関の写真等はこちらの方のブログに出ています ↓

 

作業場は階段を上った2階にありました。朝は台所でお湯を沸かして、作業場のコーヒーを淹れます。

女子の後輩から引き継いだので当初は私も全員分のコーヒーを作っていました。

しかしやがて女性のライターの方が気を使ったのか、「奥野さん、コーヒー淹れるのはもうしなくてもいいわよ」と、ご自分でコーヒーを淹れるようになりました。

今、書いていてふと思ったのですが、もしかしたら私が淹れるコーヒーが美味しくなかったのかもしれない!?

 

その「史跡価値」を知らなかった

実は、アルバイトをしていた当時は、その洋館の歴史を知りませんでした。

インターネットがない時代だったし、ライターの方々もそんな話をしてくれたことはありませんでした。たぶん皆さんもご存じなかったのかも。

この歴史的な別館の中で仕事をするなんてことは、漫画家マニアにとっては垂涎の的のバイトだったと思います。

しかし館の中を見学して回ったり、隠し部屋※を探しに冒険したりすることもありませんでした。ホントにもったいない!

※廊下の奥に隠し階段があって、隔離された畳部屋があったそうです。

・・・中には20近い部屋があったそうですが、「(講談社第一別館の)廊下の奥に隠し階段があって、それをあがると隔離された畳敷きの一室があります

カンヅメになった手塚先生が、夜中に女の泣き声がするとか、ありとあらゆる怪談を捏造ねつぞうしてまんが家仲間に言いふらしたのがこの部屋です・・・

TezukaOsamu.net「虫ん坊」 より引用

だけど、勝手にうろつき回ってはいけないような何か独特な空気感が、この洋館の中にはありました。それが「歴史の重み」というやつなのでしょうか?

 

取り壊された「史跡」

残念ながらこの第一別館は2006年に取り壊されました。保存を望む声が多いため移築も検討したそうです。

しかし老朽化や耐震性などから莫大な資金が必要なために断念したとのこと。

いくら資金がかかるのかは知りません。しかし寄付を募っていたら、もしかしたら賛同するお金持ちや団体はあったのではないかと感じるのですが・・・

 

ちなみにトキワ荘は2020年3月に復元開設されることが、2016年に発表されています。だからこそ、なおさら「もったいない」と思わざるを得ません。

東京都豊島区は7日、手塚治虫ら有名漫画家が青春時代を過ごしたアパート「トキワ荘」を復元し、2020年3月に開設すると発表した

建物の外観は当時のままに再現し、手書き原稿の複製や当時の資料などを展示する。日本の漫画文化の発信拠点として位置づけ、国内外の観光客を呼び込みたい考えだ。

日本経済新聞 2016/7/7 より引用

 
 

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