銀行員が使う言葉、特にハンコに関する用語は、金融機関やその担当者によって定義がまちまちなのでキチンと確認すべきです。書類の差替えや押印し直しなど二度手間になって、混乱するケースが多々あります。(文中敬称略)
銀行の「はんこ」には統一した呼び方がなく、担当者ですら間違える
いまだに多くの銀行取引に必要とされる「判子(はんこ)」です。
実は、銀行の取引に利用される「はんこ」には複数の種類があります。
厄介なことに、複数ある「はんこ」には統一された呼び方がなく、銀行によってまちまちです。
融資取引があると「はんこの呼び方」がさらに複雑化する
さらに銀行の担当者も用語の使い方があいまいで、取引先をミスリードすることも少なくありません。
特に融資取引を行っている場合には一層の注意が必要です。
『実印、取引印、預金印』といったよく使われる簡単な言葉だけだと混乱が絶えません。
銀行の勘違い担当者と話が噛み合わなかった具体例
OWNDAYSの融資取引に関する、ある契約書の「押印申請」が経理部から私に回付されてきました。
契約書の押印欄には、鉛筆で『お届け印(取引印)』と補記してあります。
私は押印申請の書類を回してきた経理のA君を呼んで尋ねました。
「ここに押すのは実印だよね?」
「いえ、銀行の担当者は『預金印』と言っていました」
「本当に? それはおかしいよ。 前にも言ったけど、”取引印”という用語は銀行によって意味が違うから、ちゃんと確認した?」
「はい。 私もおかしいと思って『本当に”預金印”で大丈夫なのか?』と何回も確認しました」
A君は確信を持った表情で「大丈夫」と言い切ります。
しかし、元銀行員の私は、実印を押すべき場所に預金印を押すことが、どうにも腑に落ちません。
「向こう(銀行の担当者)は、”取引印=預金印”だと、勝手に思い込んでいるんじゃない?」
「その可能性もありますね・・・ 改めて確認してみます」
「それでも先方が『預金印』と言うのなら『実印を押したらダメなのか?』と聞いて。 こんな重要な書類に預金印なんか押したくない」
そして、A君は改めて銀行へ電話をかけました。私はA君の横で聞き耳を立てていました。
「・・・では、やっぱり預金印なのですね?・・・」
私はすかさず、A君を突っつきました。
「『うちの融資取引印は預金印とは違うが、それでも預金印で大丈夫なのか?』って聞いて!!」
すると、しばらく時間が経って、銀行からあった回答は次のとおりでした。
「やっぱり預金印ではなく押印すべきは実印でした」
結局は、銀行の担当者の思い込みと、突っ込んで確認しない会社側の経理担当者の連携プレーによって、不備のある契約書が作られようとしていたのです。
ハンコ(はんこ)には3種類の正しい呼び方がある!?
ところで、銀行取引の話からちょっと離れて、より一般的な話をしてみましょう。
はんこに関する、次の3つの用語の違いが分かりますか?
- 印章(いんしょう)
- 印影(いんえい)
- 印鑑(いんかん)
1.印章(いんしょう)はハンコ(はんこ)の正式名称
印章という言葉は一般にはあまり馴染みがないかもしれません。
しかし実は、はんこの正式名称は「印章」なのです。
下の写真では、指で持った「黒い円筒状のはんこ」そのものを「印章」と呼ぶのです。
2.印影(いんえい)は印章で押した朱肉の跡
印影は、印章を使って紙に押印したときに残る朱肉の跡です。
下の写真で言えば、円の中に「佐藤」とある朱色の部分です。
3.印鑑(いんかん)は役所や銀行に登録する印影
そして、世間で多く耳にする言葉が「印鑑」だと思います。
本来の意味の「印鑑」というのは、”役所や銀行に登録する印影” のことを指します。
上の写真にある「印鑑登録証明書」のサンプルには「印影」という表記も確認できますね。
つまり「“印鑑登録証明書”は何を証明しているのか?」と言えば、「市役所等へ登録した”実印”という印鑑の印影」となるのでしょう。
ややこしいですねーヽ(´o`;
銀行によってまちまちな印鑑の呼び方
銀行で一般的に使用される印鑑には大きく分けて3種類あります。
- 預金印
- 実印
- 取引印
銀行との取引内容別の印鑑(便意的にA-1・・・の記号を付けた)と、銀行の担当者が使う可能性のある紛らわしい用語をまとめて表にしてみました。
▼銀行の取引別の印鑑の種類と紛らわしい別名
区分 | 銀行との取引 | 記号 | 印鑑の種類 | 銀行の担当者が使う可能性がある各印鑑の呼び方 |
A | 普通預金取引しかない | A-1 | 預金印 | 届出印、使用印、取引印 |
B | 当座預金・融資取引がある | B-1 | 預金印 | 届出印、使用印、取引印 |
B-2 | 実印 | 届出印、融資印、融資届出印、融資取引印 | ||
B-3 | 取引印 | 届出印、融資印、融資使用印、融資届出印、融資取引印 |
普通預金の取引しかない「区分A」の取引先は特に問題となることはありません。
当座預金や融資取引は「どの印鑑のことなのか?」確認するべし
当座預金や融資取引がある「区分B」の取引先は、お互いにどういう意図でその用語を使っているのか、注意を払う必要があります。
見た目は同じ用語でも、金融機関によって意味や使い方が違っていたり、または会話相手の担当者の思い込みで間違った解釈をされることがあります。
正確に相手方が意図する印鑑を特定するためには、とことん確認をしないと齟齬(そご)が生じるのです。
合併した銀行は統合時に用語の違いで苦労している!?
メガバンクは、数度の合併を経て、銀行による用語の定義の違いを痛感してます。よって、比較的わかりやすく区別をしています。
3行統合で誕生した「みずほ」では、『統一用語集』という分厚いマニュアルを作っていました。
一方で、合併経験のない銀行の担当者は「自分が使っている用語が世間では一般的ではない」ことに気がついていない可能性が高いのです。
”純血”銀行の担当者と会話をする時には、特に留意した方が良いでしょう。
銀行取引の印鑑のくせものは「取引印」
当座預金や融資取引がある場合(区分B)の実印(記号B-2)には、印鑑証明書(その印鑑が公的に登録されていることを証明するもの)の添付が必須です。
いわゆる三文判は不可です。同じ”印影”となる”印章”が複数存在するからです。
上表の印鑑の種類のうち、曲者(くせもの)は、記号B-3の「取引印」です。
銀行と取り交わす融資取引の基本契約「銀行取引約定書」には実印の登録が必須です。
しかし融資取引であっても、基本契約以外の取引を行う時には、実印ではない「融資取引用の印鑑=取引印」を届け出て使用している取引先があるのです。(下表の乙社のケース)
取引印は、しばしば事務ミスの種となり、書類の差し替えや再押印の必要が生じて面倒くさいことになります。
▼「取引印」の利用範囲が違うパターン
記号 | 印鑑の種類 | 甲社の利用範囲 | 乙社の利用範囲 |
B-1 | 預金印 | 預金取引のみ | 預金取引のみ |
B-2 | 実印 | 実印必須の書類・・・融資基本契約や登記書類等 | 実印必須の書類・・・融資基本契約や登記書類等 |
B-3 | 取引印 | (届け出なし) | 融資取引全般(契約証書や手形への押印等も) |
上表の、特にピンク色塗りした部分の(銀行担当者、取引先担当者)双方の「用語の解釈」を共有するようにしないと混乱します。
混乱に拍車を掛けるように、預金印(記号B-1)と取引印(記号B-3)を同じ印鑑としているパターンもあります。
齟齬を防ぐためには、
「預金専用印」
とか
「融資専用の取引印」
というような具体的な言い方をするなどして確認すると良いです。